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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)755号 判決

控訴人 伊賀孝一郎

被控訴人 伊賀馨

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において当審証人大木貞一、同伊賀芳の各証言を援用し、乙第三三号証、第三四号証の一、二、第三五号証の一、二の各成立は不知と述べ、控訴代理人において右の各乙号証を提出し、当審証人大木貞一、同井原俊子の各証言を援用したほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

当裁判所は、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものと判断する。その理由は、以下のとおり補正するほか、原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

原判決一一枚目表六行目から一一行目まで、及び一二枚目裏六行目(ただし、見出し項の番号「三」を残す。)から一六枚目表一〇行目までを削除し、右一二枚目裏六行目の見出し「三」のもとに、次のとおり附加する。

控訴人の抗弁について考察する。

本件土地の無償譲渡について、控訴人の被控訴人に対する贈与の意思を肯認させる記載事項のある書面があることを認めるに足りる証拠はみあたらない。かえつて、原審及び当審証人大木貞一、同伊賀芳の各証言によると、控訴人が家督相続により取得した本件土地等の相続財産を被控訴人に対して無償で譲渡することが当然視される事情(あとでふれる。)があつたことから、そのまとめ役を果すこととなつた大木貞一は、長兄である控訴人と末弟である被控訴人間のことであり、自分自身従兄(控訴人らの母ふみの姉の子)でもあつたので、本件土地等の無償譲渡に関し特に書面を作成しておく必要はないと思つてやつたことであることが認められる。したがつて、本件土地の無償譲渡は民法五五〇条にいう書面によらざる贈与であるということができる。

しかしながら、原判決の前示認定事実に本件弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認めることができる。

1  控訴人が家督相続により取得した本件土地等の相続財産は、本件土地(内訳田二五七五、畑五三四二、山林六一一)のほか、田三七一四、畑一八四三、山林三九六、宅地五四八・七五(いずれも平方メートル単位)、居宅一棟で、農業用不動産として代代継がれてきたものばかりであるが、田畑の約五八パーセントが小作地に供されていたこともあつて、昭和一八年当時控訴人の一家の生計を維持するには、農業所得のほか、控訴人の教員給与所得をもつてしなければならなかつたし、昭和一八年一〇月に控訴人が教員を罷めて、母ふみ、妻芳、長男道哉を生家に置いたまま上京し、かねてから深い関係にあつた藤嵜たま子といよいよ同棲生活に入つて家への仕送りもしないようになつていらい、本件土地等の不動産は母及び妻子らの生活の糧を得る唯一の営農資産であつた。控訴人が昭和一七年頃からその妻芳との離婚を求めて、同人に対し「財産と道哉をやるから、離婚してくれないか。」としきりに持ちかけたのも、控訴人の生家における右のような本件土地等の資産の必要性を十分に考量してのことであることはいうまでもない。

2  控訴人が求めてやまなかつた妻芳との離婚及びたま子との婚姻によつてもたらされる生活設計は、控訴人がその生家である従前の家(ここでいう「家」とは、生計を一にする親族共同体のことである。)を去つて、芳が同家にとどまることであり、控訴人がたま子及びその子維津雄とともにあらたに一家を構えることであり、そして、控訴人が従前の家を去ることによりその母ふみ、長男道哉や芳に対する扶養や面倒をみれないこととなるが、その代償として、当然のことながら、控訴人相続財産たる本件土地等の資産を従前の家の成員のために譲渡することであつたから、本件土地等の資産の無償譲渡にはもとより恩恵的色合いは乏しく、当初から対価的色彩が濃厚であつたというべきである。

3  大木貞一らの肝入りで、芳は、控訴人と離婚するが、長男道哉とともに家にとどまり、被控訴人と婚姻してふみの扶養、道哉の養育・監護にあたること、被控訴人は、控訴人のあとを継いで芳と婚姻し、道哉と養子縁組を結んで母ふみ、芳及び道哉を扶養すること、控訴人は、従前の家を去る以上、その家の成員たる母ふみ、被控訴人、芳及び道哉のために、本件土地等の相続財産をすべて被控訴人に贈与することとして、右三者間の合意が成立したのであるが、控訴人と芳との離婚、芳と被控訴人との婚姻及び被控訴人と道哉との養子縁組は、それぞれ密接に牽連しながら、さらに控訴人の被控訴人に対する本件土地等の資産の無償譲渡と不可分の結合関係において締結されたものであるといわなければならない。

右1から3までにみたとおり、本件土地の無償譲渡は、控訴人が被控訴人に単に恩恵を与えることを目的とする単純な贈与と同日に論ずべきでない。したがつて、前認定の事実関係がある本件に於ては単純なる贈与に関する民法五五〇条の規定は既にその適用の余地がないものと解するのが相当である。

控訴人の抗弁は理由がない。

以上の理由によれば、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡田辰雄 小林定人 中川幹郎)

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